INTERVIEW

看護師インタビュー

「この学校でよかった」と言える卒業生を地域へ

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相馬看護専門学校 副校長

愛澤 めぐみさん

アイザワ メグミ

Profile

飯舘村出身。原町高校、筑波大学医療技術短期大学部看護学科を卒業後、東京都立公衆衛生看護専門学校助産学科で学ぶ。助産師として東京大学医学部附属病院に勤務し、1995年原町市立病院(現・南相馬市立総合病院)に入職。2005年より相馬看護専門学校に勤務、2017年より現職。

  • 看護の土台となる豊かな人間性を育てるために

    相馬看護専門学校は、相馬市・南相馬市・新地町・飯舘村で構成する相馬地方広域市町村圏組合が2001年に開設した看護師養成機関です。全日制で修業年限は3年、これまでに603名の卒業生を輩出しており、今年3月にも約40名の卒業生が巣立っていきます。学生の6・7割は相馬地方出身者ですが、JRなどを利用して宮城県南部から通学している学生もいます。

    本校の大きな特徴は、基礎・在宅・成人・小児・母性など、看護領域別に演習室があることです。また、脈拍・血圧・ 心音・肺音などを実際に近い形でアセスメントできるシミュレーター「フィジコ」などが4体あり、病院で実習する前に、校内で演習の機会をもつことができます。

    私たち教員は、看護職として基本的な知識・技術を身につけさせると同時に、その土台となる人に共感できる態度、人を慈しむ心を育みたいと日々願いながら、学生たちに関わってきました。昨年からは「チューター制度」を導入。教員一人に対して1年から3年生までの各学年2・3人で縦割りのグループを作り、きめ細やかなフォローをしています。看護師にとって大切なスキルの一つに「自律」があります。自らを律し学ぶ姿勢は、国家試験の合格、さらには看護職として働き始めてからも必要不可欠です。入学後、まずはマンツーマンで自律学習の習慣が身に付くように教員が関わります。学生生活の不安や勉強方法などは、先輩にも相談することができます。

  • 卒業する学生たちに必ず伝えるメッセージ

    どの教員も熱心に親身に学生に関わっているので、「この学校でよかった」という言葉を残して卒業していく学生が少なくありません。在学中、あまり教員室に顔を出さなかった卒業生も看護職になると、悩みを相談に来たり、がんばっていることを報告しに来てくれています。教員に相談することで、目の前にある壁を乗り越える力が湧いてくることもあるはずなので、卒業式には「いつまでも、ずっと応援しているからね」と必ず伝えるようにしています。

    在学中、学生が親御さんと「看護師には向いていないんじゃないか」と相談にくることもあります。「勉強が大変だし、人と接するのも得意じゃないから」と話す学生を「どうしたものか」と心配していても、その後就職していくと驚くほど看護師として成長していたりもします。あれほど悩んでいたのに、看護師として生き生きと働いている姿を見ると「長い目で成長を信じる」ことの大切さを実感します。「看護師になりたい」と希望して入学した学生は、人と関わりたい、誰かの役に立ちたいという思いがあるはずなので、向いていない人はいないと私は思っています。

    看護の仕事は、他の医療スタッフや患者さんから学ぶことで自分の人生を豊かにできる仕事です。AIがどんなに台頭しても取って代わることはできない「対人間の仕事」だからこそ、自分の「存在意義」を人から評価される厳しさもあると思います。これからも私たちは、人として大切なことを学生たちに丁寧に伝えながら、地域の医療を支える人材を育てていきたいと思います。

取材者の感想

「生まれ変わっても看護師」と明言する愛澤さんが看護学校に進学したのは、10歳で母親をがんで亡くした経験や「自立して生きたい」と思ったのが理由だったそうです。希望して進んだ道でも、「看護職についてよく知らないまま入学したので、途中で学校の勉強がいやになってしまった時期もあり、つまづいてしまう学生の気持ちもよくわかるのです」と話します。
その気持ちが切り替わったのは、実習に行ったのがきっかけ。がんの痛みを我慢する患者さんに、「がんばらなくてもいいよ」と声をかける看護師長の姿に接して「専門職として、知識の裏付けや自信、覚悟をもって、きちんと患者さんを引き受ける人になりたいと思った」と愛澤さんは振り返ります。前職で助産師として経験を積みながら実習生に接し「看護の楽しさを共有したい、次の世代を育てたい」と学校に来て15年。「実は今も、看護の現場に戻りたいと思うことがある」と話す愛澤さん。その看護に対する熱い思いは、学生たちの心の中にしっかりと根付いているはずです。学生の成長ぶりを喜ぶ愛澤さんの表情からは、育てる人の「やりがい」も垣間見えました。

ライター 齋藤真弓