地域の新卒看護職を集合研修で育て見守る
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医療法人社団 茶畑会 相馬中央病院 看護部長 認定看護管理者
堀内 由美さん
ホリウチ ユミ
Profile
富山県生まれ。京都府の看護学校を卒業後、東京都の大学病院を経て、1977年度から2011年度まで公立相馬総合病院に勤務。看護部長を務めながら千葉大学大学院看護学研究科修士課程を修了した。2013年度から相馬看護専門学校の副校長になり、今年4月より現職に就く。福島県看護協会相双支部長。
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東日本大震災を乗り越えスタート
相馬地方(南相馬市・相馬市・新地町・飯舘村)では、新卒の看護職を対象に2011年から「集合研修会」を実施しています。2010年に新人看護職員研修は努力義務になりましたが、例年、採用が1人〜2人の中小施設では人手と時間を研修に割くのが難しい現実があります。
そこで「地域全体で新人看護職を育てよう」と、相馬地方にある当時10施設の看護部長に声をかけて、「相馬地方新人看護職員集合研修協議会」を組織しました。リサーチと打ち合わせを重ねて、いよいよ翌年度からスタートするという3月に東日本大震災が起きたのです。
当時、私は公立相馬総合病院の看護部長でした。震災のあった日、次から次へと搬送される救急患者の対応で悪戦苦闘している中、若い女性が「お手伝いできることはないですか」と声をかけてきたのです。最初、私は彼女が誰か分からなかったのですが、しばらくして、4月から入職する看護師だと思い当たりました。これから病院がどうなるのかも分からない状況でしたが、彼女の行動に心打たれると同時に、「看護を志す人を育てなければならない」と背中を押されました。
震災後、多くの病院が休止を余儀なくされていましたが、少しずつ再開され始めた6月には、改めて協議会を開催し、7月には第1回研修を実施することができました。私は「引く」のは苦手です。引いてしまったら、再び前に出るためのエネルギーが余計に必要になってしまいます。時期的なことを考えても、この研修は今やるべきだと判断しました。
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新人の「不安な顔」が「充実した表情」に
研修は今年で6年目になりました。「救急看護」、「感染管理」、「看護倫理」、「フィジカルアセスメント」、「医療安全」のテーマで、2年間に6回の研修を組んでいます。これらのテーマは、どの医療機関にも共通して必要な内容です。研修には、新人看護職だけでなく、協議会のメンバーである看護部長や教育担当者も出席します。全員がお揃いの黄色いTシャツを着用するのは、「地域で看護を行う一体感」を感じてほしいからです。
午前中は認定看護師らによる講義を行い、昼食を挟んで、眠くなりがちな午後は演習をします。例えば「フィジカルアセスメント」であれば、会場となる相馬看護専門学校にある最新型のシミュレータを使って、視診・聴診・心電図センサーの付け方などを学んでいきます。6回とも事例に基づくグループワークをしますので、施設を越えて新人同士がコミュニケーションを深めることができます。
とかく新人は「出来ないのは自分だけ」と思ってしまいがちです。同じ立場であれば、ささいなことでも悩みを共有しやすいので、効果的に励まし合うことができます。新人が少ない職場の看護師ほど、「最初はみんな同じ」と知る機会が必要なのだと思います。
研修初回の朝には不安そうな顔だった出席者が、充実した表情になって帰路に着くのを見るとうれしくなります。終了後のアンケートでは、グループワークで「他の人の意見が大変参考になった」という参加者が8割。残り2割も「まあまあ参考になった」と答えています。震災後、看護職として就職した2年未満の離職者は激減しました。やはり、この研修の効果は大きいと感じています。
取材者の感想
5年前に公立相馬総合病院を定年で退職した堀内さん。定年を迎える数年前から「このまま終わってもいいのか」と自問自答し、千葉大学大学院の看護学研究科に通い始めたそうです。看護職不足は長年の課題で、「2年以内の離職者が多い」こと、その対策に「新人研修が効果的」という日本看護協会の報告を見て、修士論文のテーマには「新人研修」を選択。「自分の立場で地域のためにできることを考えた時、なんとかして新人研修を形にしたいと思ったのです」と当時を振り返られていました。
一連の取り組みは『相馬灯プロジェクト』と命名され、新人育成はもとより「看護部長同士のネットワーク」にも役立ったそうです。「今まで顔を会わせたことがない方も多かったのですが、人材育成に何が必要かという共通認識をもつことができました」と堀内さん。「看護部長自らも研修に参加し、懸命に後進を育てようとする姿勢を見せることも新人教育になるのだと思います」とお話ししてくださいました。
堀内さん自身、44年にわたり「絶えず学び続けること」や「人を慈しむ気持ち」を大切に看護に携わってきたそうです。それらのキーワードは、慌ただしい医療現場で新人看護職が感じる「理想とのギャップ」を乗り越え、長く続けていくための道しるべになりそうだと感じました。
ライター